Twitterログ
- 「下町のシャンポリオン? ああ、それならあの男だよ」 行ってみると畳文字を一心不乱に解読中で顔も上げない、風呂にも入ってない、財布には5円しか入ってない、
- 「下町のドンペリニョン? ああ、それならあの男だよ」 語尾がかならず「○○だニョン」になる中年男は想像をはるかに越えてYou blow my mind
- 「下町のナポレオンズ? ああ、それならあの男だよ」 なぜ複数形? と思っていたらシャム双生児だったので2割ほど納得して帰る
- 「下町のジャン・バルジャン? ああ、それならあの男だよ」 ランランランと歌いながらバンバン撃たれてて、いや、それは別のキャラクターなのではないかと、硝煙がもうもう
- 「下町のレオン? ああ、それならあの男だよ」 予想どおりただのロリコンおじさんだったので配当金と幻滅を手に入れた 晩秋
- 「下町のカメレオン? ああ、それならあの男だよ」 そのあたりをいくら探しても姿が見つからなかったことに満足して帰った(日記)
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)への本格移行は2026年にまでずれ込んだ。屋上の全農地化が遅れたためだ。緑黄色野菜に執拗にガンマ線を浴びせ続けると、γカロチンと呼ばれる未知の物質が生成されるが、それはまた別の話題である。野菜嫌いに根本的な解決法はない。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)への移行直後、全国の売り場から野菜が消え失せた。その夜、全国民の夢に野菜たちが登場し、何かを力説したが、言葉が不明瞭なため内容を理解できた者はいなかった。翌日、ふたたび野菜は店先に戻っていた。野菜嫌いは新たなステージへ移行した。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)のためのインフラ整備には莫大な予算が投じられており、撤回は不可能だった。野菜嫌いを克服できても、その反動で人嫌いを悪化させてしまう。帝都に暗雲がたちこめていた。恵みの雨が屋上の野菜をすくすくと育て、建物は重みにぎしぎしと軋んだ。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)の開始直後から、某国はひそかに放送を傍受し、内容を分類していた。野菜の数はじつに数千種にのぼった。野菜嫌いの諜報員はその数を聞いただけで卒倒し、やがてオフィスは閑散とした。γカロテン(呼称を改正)の精製にようやく目途がたった。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)の開始から1年。テレビに映る新首相の顔はつねに野菜の寄せ集めで表現されていた。いったい野菜のどこが嫌なのか。味か。直径10メートルのカボチャから2グラムのγカロテンが精製できる。某国の諜報員は本土上陸を試みるが、蔓がそれを阻む。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)の可視聴範囲は他国にまで及び始めた。新東京タワーにたわわに実るミニトマト。動物性蛋白だけをつかってあらゆる野菜を表現する、カウンター精進料理は言うまでもなく不評だった。完成度が高すぎて野菜の味しかしないのだ。スイカも野菜である。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)の出力は冬になると急激に低下した。ふたたび夢に野菜が出現し、なにかを説明しかけたが、夢をみる人々の方が一人残らず意味不明なことを大声で叫んでしまい、コンタクトは失敗に終わった。列島を厳しい寒波が襲い、茶色の蔓がカラカラと鳴った。
- 地ベジ(地上波ベジタブル放送)の意義とはいったい何だったのか。首相の顔を構成する野菜が次第にしなび、思考が形を失いはじめた。これじゃない。これは私が描いた未来じゃない。研究所の地下で、博士は燐光を放つγカロテンの巨大な結晶に語りかけた。おおきくなったね。
Twitterログ
- 読んだらただちに廃棄せよ。現代の本はなぜかみなこれを要求する。だが実際に棄ててみると、奇妙な鳴き声をあげてどこまでも追ってくる。他人が本を棄てるのを見た。放られた本は地面につく前に煙になった。どうしたら本を「読める」のか。鳴く本たちで部屋は足の踏み場もない。
- 読んだらのこさず食べること。食べるつもりのない本を読んではならない。スポーツで読書を楽しむ者もいるが、そのように本を読み捨てることの残酷さたるや。ところで、書毒は体内に蓄積されると死をもたらすことが明らかになっている。今年も書猟解禁が近づいてきた。
- 読んだらただちに廃棄せよ。廃棄せねば、本がおまえを読みはじめる。読み終えたら、本はためらいなくおまえを棄てるだろう。その耐えがたい苦痛を思え。だが、結局おまえは本を棄てられない。そのことだけは間違いない。そう書かれている。
- 読んだらのこさず食べること。可読性より可食性に配慮しています。その結果どう見てもおいしそうな料理で、読めない。読めない結果、食べられない。そこへ昆虫たちがやってきた。賢い彼らは大いに読み、食べた。腹を満たし、都市の建設に向かう彼らを飢えた眼で見送りました。
- 読んだらただちに廃棄せよ。あらゆる文章は棄てられるために書かれている。棄てられて、風に漂い、鳥が読む。鳥たちはかつては印刷所で活字を拾っていたのだから、意味はわからなくとも何かをさとる。どこかに本で出来た巨大な巣があるという。さらわれた人の子供が育つという。
- 読んだらのこさず食べること。食用に適さない本もあります。でも読むに堪えない本だって読まなければいけないことはあるのだから、頑張って食べてほしいと思います。いずれにしても本に栄養はありません。本を食べるという行為が意味を持つのは私たちの死後千年たってからです。
- 読んだらただちに廃棄せよ。棄ててただちに仕事に戻れ。働くあいだに本を棄てたことへの後悔が心の中でどんどん厚みを増し、眼の前の仕事に想定外の決定的なひと押しを加える。それが本当の読書というものだ。かくして今日も幾人かが業務中に消息を絶つ。
- 読んだらのこさず食べること。それが貴方の糧になる。貴方のはらわたをややこしくして、貴方の骨に突起を増やす。本にはそういう力がある。それを呪いと呼んでもいい。読書の呪いは食書の呪いで打ち消される。そう考える人もいるけれど、実際にはただ二重に呪われる。
- 残虐ゲームがニートを生む。非重要絶滅危惧地球外生命体(Nonessential Endangered Extra Terrestrials)の略である。ゲーム内のキャラクターが現実の人類に反旗を翻す可能性については諸説あるが、NEETは無害であるとされる。
- ニートの反乱が始まった。非重要絶滅危惧地球外生命体(Nonessential Endangered Extra Terrestrials)はその低ポリゴン性を利用して視野辺縁から侵入し、残虐ゲームを好むプレイヤーの涙腺を攻撃する。わけもわからず泣けてくる。
- 今年も走馬灯流しの季節がやってきた。事情を知らない人にはただ奇妙に張り詰めた表情の人々が川を流れていくようにしか見えないが、そう見ても忘れ難い光景ではある。数キロ下流に網が張られていて、人々はそこで全員回収される。その点はアヒルちゃんレースと同様である。
- はじまりだと思いたい。空から降るこれは何かが燃え尽きるときの光であって、終わりを意味しているのだけれど、歓迎すべきものの訪問と受けとめ、祝いたい。そうカンガルーは思った。それは彼だけに見えるものだった。喜びと悲しみの始まりだった。精神の宿木に選ばれたのだ。
Twitterログ
- その夜、人はちょっとおかしくなる。だからみな一心不乱に食べ物を丸める。おかしくなるのを防ぐためか、おかしくなった結果なのか、それは誰にもわからない。どの夜よりも明るい夜に、人はただ食べ物を玉にする。ギラギラと雲を照らすあれが球体だと、なぜ知っているのだろう。
- 書き割りのようなクレーターの稜線。その向こうに輝くあの青いふるさとが、今や知性をもった昆虫たちの天下だなんて……そんな想像にふけるのが好きなのだ。もちろん生まれは火星だし、曾祖父は犬だ。出発を間近にひかえた人類探索の第一陣に同行するため、ここにいる。
- 技術も予算も足りぬため、機械ばかりが火星へ行った。仕様どおりに増殖し、火星人を名乗ると地球に宣戦、大軍となって飛来した。技術者は涙をうかべて彼らを迎え、涙をのんで滅ぼした。のちに、最初の入植者とされ、かの惑星に碑が建った。今や人類の貴重な遺物のひとつである。
- 「火星のほうから来ました」と空を指さすのです。でも見るからに木星人。適当に相槌をうっていると、その全身が次第に大きく、ガス状になり、気付けば季節はずれの入道雲のような本来の姿で、5キロのかなたで手を振っていました。ありがとう。話を聞いてくれてありがとう。
- テラフォーミングに先んじてリアリティ・ディフォーミングが手法として確立されたため、火星もまた代替現実のパッチワークと化した。住民はいつしか心を病んで、フィクションの中へ避難した。外宇宙からの侵略には無関心を貫き、よく笑い、よく泣き、非在と幸福の両立を示した。
- 「黄色い歓声……ああ、共感覚というやつですね」「それは違うと思いますが、叫んでいる人々の顔は黄色でした」「モンゴル系ですね」「観客をカボチャだと思えという話がありますが、まあまあカボチャの色でした」「こんなこと言ってて大丈夫ですかね」「さあ(時計を見る)」
- 「四角い主客が転倒して、まあるくなりまっせ」 いびつな円環をなしてくんずほぐれつ争う主体と客体はやがてどちらがどちらであるか判別不能となり、「論理のバター」とよばれる均質な塊になる。珍味として重宝されるというような事実はとくにない。
- 「コーヒーゼリーは食べ物ではなくて見るものだ」というのが持論で、ひと匙すくうたびにゼリーの黒とクリームの白が織りなす、雪どけのキリマンジャロのような模様を凝視する間に、沢山の大事なものを見逃してきました。そうして見逃してきたものが私の輪郭をかたちづくりました。
- 「よくやった。お前に曜日をやろう」「えっ、褒美じゃなくてですか」「お前だけの曜日だ。週のどこに挿入してもいい。その曜日にはお前以外の全てが静止する」「超ほしくないです」「名前は『カレー曜日』で登録ずみ。なのでカレーを作ってください」「ああ、ここって地獄か…」
- JAXAの行方はいまだ判明していない。存在し、おそらくは機能もしているはずだが、ポインタが失われてしまったのだ。それでも、打ち上げ予定日には姿を現わしてくれるはずと一同は願っていた。残念ながら打ち上げは所在不明のまま成功し、衛星は位置不明のまま周回している。
- 【幻獣租界】 蒸籠の中でもうもうと湯気をたて、もぞもぞと動く饅頭たち。手のひらにのせるとぶうと鳴き、二つに割るとぶうと鳴く。咀嚼するたびぶうと鳴き、腹の中でもぶうと鳴く。行列が今日も店を囲む。あたりはぶうぶうと賑やかだ。
- 【幻獣租界】 食前呪(しゅ)が出された。切子硝子に注がれた酒に沈む、QRコード染めの湯葉。犬に似た生き物が襖を破って部屋に飛びこむと、器の中身を一瞬で舐めつくして出ていった。演出に感心して仲居を見ると、口をぽかんとあけている。廊下からは悲鳴と器の割れる音。
- 【幻獣租界】 膝元まで歩み寄ってきたおかっぱ頭の日本人形を主人がそっと抱き上げ、うなじをかきあげて見せてくれた。たしかにある。髪のなかに、十幾つものUSBコネクタが。総毛立つ私に、毎日ひとつずつ増えているらしいと、眉をひそめて主人は言った。
- 【幻獣租界】 藁で出来た小さなひとがたに、九つのコネクタが仕込まれている。いくつかは、ひどく古びたUSBメモリのようなもので塞がれていた。どれもまったく同じ、四本指の手の形をしている。抜いてはいけません、と住職の声。すべて集まったら供養します。
(図書館まつりに参加)
- 「史上最小の図書館をめざしました。蔵書に物質としての本の形態を持たせつつ、現存するすべての書物を納めるという現行のライブラリ規定を満たしています。可読性はもちろん度外視です」 「小さいですね」 「小さいです」
- 図書館ではない。並んだ背表紙は一つ残らず隠し扉へのスイッチなのだ。扉を正しく開くには、正しい順番で全ての背表紙を押す必要がある。館内でこの説明を聞くあなたを襲うのは、圧倒的な「萎え」だ。書架にとりつき、一心に背表紙を押す無数の人々の姿にさらに力を奪われる。
- 書架から本をとりだすのにもペーパーナイフを使わなければいけない図書館がある。紙が育って本同士を癒合させてしまうのだ。目当ての本をざくざくと切り出してゆく手ごたえは心地よく、真新しい紙の香りに心が躍る。ついその場でちぎって味見をしてしまう。紙の味がする。
Twitterログ
(炬燵みかんまつりに参加)
- 布団をめくると足には毛が生えていて、これが炬燵ではなく、大型の四角い猫なのだとわかった。緑がかった黄色の皮をむくと中身には毛が生えていて、これが蜜柑でないことはわかったものの、なんの動物かまではわからない。ニャーと鳴いている。
- 地雷原。見渡すかぎりの地雷原。地雷の上にはかならず炬燵がある。炬燵の上にはかならず蜜柑がある。そういう形でマークされ、寒さに凍える我々を誘っている。猫がすたすたと歩いてゆき、炬燵のひとつにもぐりこむ。騙されるな! あれは猫だから無事なのだ。騙されるな。
- 「掘り炬燵あれば盛り炬燵あり」「ことわざですか?」「いえ、事実です」 盛り炬燵もすごいのになるとチョモランマのてっぺんに布団が干してあるみたいな外見になって、しかもこれがあたたかい。ああ、人間ってあたたかい。そんな幻覚を見つつ凍死することもあるので要注意だ。
- 最後のひとりが秘密を吐いた。係員が手早くバケツで受ける。こうして得られた約500リットルの秘密を木綿の布で漉すと、にごりのない、高品質の虚構がとれる。残ったかすは悪臭を放つ真っ赤な嘘だ。真実はいつでもあなたの心の中にあり、その居場所に心底嫌気がさしている。
- 最後のひとりの鼻緒が切れた。これでもうあなたを追うものはいない。懸命に逃げてきたはずなのに、思いがけぬ寂しさがあなたを襲い、鼻がつんとなる。鼻孔から侵入した寂しさは脳を操り、やがてあなたの足が止まる。裸足の足音が、ひたひたひたと人ならぬ速さで迫って来る。
- 最後のひとりが消息を絶った。メンバーをすべて失ったチームは規約だけの存在となり、憑依できる10人程度のグループを求めて居酒屋へ漂い入る。テーブルのひとつから突如上がる雄叫び。新しいチームの誕生だ。今夜のうちに彼らは樹海へ発つ。幻の黄金都市を見つけるために。
- 最後のひとりが名前を伏せた。灯火管制を思わせる匿名性の暗闇で、しかし電子の猟犬は迷わない。ほどなく、漆黒のなかに悲鳴が響きわたる。猟犬が電信柱に全速力で激突したのだ。見えてない。迷わない。あきらめない。現代人が失ってしまった美徳がそこにはあった。
- 「ネットで知り合った」というのである。ニャーニャーと鳴く箱を手に、戸口でふんばる小学生の息子。「かわいい女の子だと思ってたけど会ってみたらかわいい子猫だったんだけどかわいいから飼ってもいいでしょ? ねっ?」箱の中身をあらためるのも恐ろしい。この現代が恐ろしい。
- 「ネットで知り合った」というのである。終電がないので泊めてやってくれと連れてきたのは0と1の果てしない羅列で、「圧縮は…」「もう限界まで圧縮してるの」「うちにそんなに大きなストレージは…」「お父さんの例のコレクションをちょっと削除すれば空くじゃない」「なっ」
- 「おかしい。何かがひっかかる」 釣られてゆく魚のつぶやきは一様にそのような漠とした疑念で、水面のすこし下を漂い残るそれらが海流に乗って集まり、やがてひとつの島になる。陸の隆起のように見えるそれは実際には海面の陥没で、漁師たちは訝しみながら呑み込まれてゆく。
- 主人がオオアリクイに殺されて半年が経ちました。主人がオオアリ(オオイヌノフグリによく似たキク科の植物)によく似ていたために起こった悲劇でした。私は食物連鎖が悪いと思うのです。この負の連鎖をどこかで断ち切らねばなりません。そういった意味から以下のリンクは切れてい
- 「この本は存在しません」と主張する本を買った。目録で見つけ、オンデマンド印刷でまんまと物質化してやったのだ。開いた瞬間、本は消え失せた。最初のページに印刷された特殊な図形が脳に作用し、私の認識から本自身を抹消したのだろう。そう思うことにして、家に帰った。
(「売体まつり」に参加)
Twitterログ
- 火のともった百本の蝋燭をのせ、木の舟が川をくだる。女たちは洗濯の手をとめ、無言でそれを眺める。舟が通り過ぎると、橋はみな焼け落ちた。永く孤立する集落の中央から、やがて巨木とも塔ともつかぬものが天に届くほどに伸び、先端に炎がともった。
- 炎にかざした手のひらが赤く透ける。血管の中を行き来するものが次第に見えてくる。予想通り、それらは悪い報せを運んでいた。予想に反して、それらは人の形をしていなかった。人の形をしていないのに、自分と同じ顔だった。同じ笑いがそこにあった。
- 捜査員が発見したのは、部屋いっぱいに並ぶ蝋燭の燃えさしだった。どれも人をかたどっていて、二つと同じものはない。次の部屋には、壁にびっしりとスナップ写真。最後の部屋で、男が人の形の蝋燭をむさぼっていた。捜査員は食事中の訪問を詫びた。
- 亀を動かすためだけに用いられる言語がかつてあった。砂浜を歩かせ、模様をえがくのだ。鯛を踊らせるためだけの言語もあった。どちらの言語にも長じていた太郎は優れた仕事を多く手掛けたが、残っているものは少ない。トレードマークの白髪だけが長く人々の記憶に留まった。
- 亀の産卵にゆきあたった太郎は、卵から人間の赤子が生まれるという現象を目の当たりにし、その体験を核に大伽藍のごとき哲学体系を作り上げた。正確には、浜辺に砂の城を作りながら物思いにふけった。陽が沈み、城は波に消え、おれはすっかり老いてしまったと太郎は呟いた。
- 亀に出会った太郎は叫んだ。「おれは宇宙へいくんだ!」齢九千を数える亀は静かに答えた。「あなたは井戸の底にいるのですよ」太郎にはあきらめる理由がない。鯛よ、おまえはどう思う。魚籠の中で小さく跳ねる音がした。夜になり、みな海へ帰った。太郎はまだあきらめていない。
(犬猿短歌の星野しずるに捧ぐ)
- 乗用車のトランクから上半身を覗かせた星野しずるが、眼の前にオブジェをかざし、上下逆さまの視界のなかで通行人と重ね合わせる。オブジェは頭の位置を占め、その人生にひと匙ほどの不条理を呼び込む。気付かずに通行人は歩き去り、車もどこかへと走り去る。
- 星野しずるから手紙が届く。幾重にも矛盾する身に覚えのない思い出話の数々を読むうちに、頭のなかにいくつもの既視感があぶくのように湧きだすと、落ち着く先を求めて頭蓋のなかを迷走し、記憶をさらに掻き回す。しずるの顔を思い出せない。覚えていたかもわからない。
- '赤い' , '林檎' , 'を食べて' , 'ぼんやりとした' (しずるのはらわた)
- 'ホチキス' , 'がほしくて' , '夢にまで見た' (しずるのはらわた)
- 'いちにち' , 'のあとで' , 'つめたい' , 'サイダー' (しずるのはらわた)
- 'サイダー' , 'がない' , '駄菓子屋' , 'を出る' (しずるのはらわた)
- '魔術師' , 'に会う' (しずるのはらわた)
- '自転車' , 'あたらしい' , 'ですね' (しずるのはらわた)
- 'ミニスカート' , 'わたしの' , 'に似ている' (しずるのはらわた)
- 星野しずるが二つの獣にわかれて飛び去ったあと、残された私たちは彼女の持ち物をわけ合った。主を失った事物たちは、なおも見えない意味にわずかに繋がれ、からめとられて、静かに震えていた。皆が去ろうというとき、突然犬と猿の吠えあう声が響き、しずるは再びそこにいた。
Twitterログ
- 生きるヒントは、この廃坑に50年間眠っていたのだ。発見されたとき、私の両目は完全に退化していた。暗闇のなかで生きるヒントを吸い続けてきたためだ。両掌と膝を移動の手段として、私はまっすぐ崖へ向かった。たどり着くまでに羽が生えてくるという確信は揺らがない。
- 「土と暮らす」と宣言し、会社を辞めた彼女はまず土をこね、人の形をつくって千度の炎で焼きあげた。それは抱擁をうけとめるように大きく腕をひろげ、口元に静かな笑みを浮かべていた。その後の経過は不明だが、千年後、土の人は細かい破片になって大樹の根元を取り巻いている。
- ささやかな生活音によって大量の死が伝えられるという状況に直面したとき、私の両手はわたしの体をそっと離れて、月に照らされた雲海の上で鳥を装い、はばたきの動きを繰り返しながら静止衛星との距離を保った。鳥の群れのようなものが彼方に見える。その数はとても多い。
- 「私は生存説をとる」一人が皿から不定形の物体を取り上げた。「では私は死亡説をとります」もう一人が残りの物体を取り上げ、二人同時にそれらを一口かじり取る。軟骨の存在を伝える咀嚼音。たちまち生死は曖昧になり、咀嚼はいつまでも続いた。あれは齧ってよいものではない。
- 「生きろ」とだけ書かれた証書を受け取り、深々と一礼すると、その頭がごろりと落ちた。拾い上げてはめ直すのを、みな温かい笑顔で見守っている。壇上でその姿はかき消えた。違う時間の流れに飛び込んだのだ。彼らの働きで、世界の生死のバランスは徐々に常態に戻りつつある。
- 生きながら焼かれた、ナガラ族の最後の一人。誰もが唾を飲み込みながら、あらぬ彼方を凝視した。花柄の民族衣装に身を包んで登場しながら、ながらくお待たせしましたと、さながら婚礼の祭司のように振舞う領主。末筆ながら焼かれたのはナガラ族の頭髪であり、実在の人物・団
- 詩人は、オーガニックな暮らしに終生こだわりつづけました。アフリカ象の体内に住むことを特に好みましたが、マッコウクジラへの移住は後ずさりして拒んだと言われています。ピグミー・マーモセットと同じ背丈で、シロイルカにも居住可能でしたが、実現の前に世を去りました。
- ただそれだけが生きていた。それ以外は相対的に死んでいた。けれどみな仲良く食卓を囲み、仲良く蝿に愛された。やがてそれは家を出た。渦巻く群衆のなかで、自分が相対的な死者だと知った。墓碑銘を書いては書き直し、墓石を彫っては砂にした。つぎの産道を探し続けていた。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは箱だった。五年が過ぎて、ようやく開けてもいいという気持ちになった。出てきた写真はちゃんと五年分老けて、あいかわらずよく喋る。私はそれをコンロの火にかざし、本当のことを言うまで待った。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは石だった。人間サイズの石塊が、彫り出してみろと言っている。意を決して鑿をあて、ひと槌打ち込むと真っ二つに割れた。断面にかすかな凹凸があり、案の定それは慰めの言葉だったし、さりげなく失望が込められてもいた。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは紙だった。本人の顔を巧みに模した、折り紙のカリカチュア。現地の新聞だ。右の目のなかに顔写真があった。記事の内容は読めない。開いてしまったら、二度と折り直せないだろう。夢にそのまま現れた。異国の言葉でなにかを言った。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは声ばかり。要領を得ぬ説明の響きが酒杯に小さな波紋を立てて、映り込む月が揺らぐと、一瞬だけ胡乱な表情のあの顔になった。わかったことにして一息に呑みほすと、それなりにわかったような気になった。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは猫だった。額が丸く刈り取られ、小さな家が立っていた。見知らぬ人が中にいて、大きく右手を振っていた。話しかけようとすると窓を閉じる。直後に中から銃声が響く。音に驚いた猫が逃げる。残った私は窓を閉じ、手の中の銃を持て余す。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは船だった。操舵室には湯気を立てるコーヒーカップがひとつ。積載量いっぱいに船倉を満たしたフレッシュな不在は、港で競りにかけられ、その晩には家々の食卓にのぼった。突如無人になった何千もの家で、コーヒーカップからのぼる湯気。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは箱だった。胸を刺すような白木の香り。ふと、それが箱ではないことに気がついた。光る。宇宙船だ。これに乗って行ける。直後、私は砂利のうえに倒れていた。着いた。会える。白い靄に向かって全力で走った。「まだギプスはとれてないし
- かならず戻るといったのに、戻ってくるまえに消え失せた。空のトランクに顔を突っ込み、札束の残り香に意識が遠のく。夢のなかで、私は債券だった。飛行機の形に折られ、燃えながら空を飛んでいた。着水したい。着水したい。トランクの中で目が覚めた。ひたひたと水の音がする。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは街だった。棺のなかに隙間なく詰められた、精巧な巨大ビル群。あらゆる細部に設計者の気配がある。現実の空にこれがそびえる未来は幻と消えた。慣習に従いそのまま焼くと、あとには一揃いの人骨が残った。そこに誰もが笑みを見た。
Twitterログ
twnovel
- 「趣味はにんべん観察です」 「私もです!」 「わたしもなんです!」 セミナー会場に切羽詰まった叫びが次々と響き、「あっ! 窓に! 窓の外に!!」 振り向いた一同の目に映ったのは空中に浮かぶ巨大な「イ」の字、「イが! イの字が!」 嫌悪のあまり失神する者さえ
- 「趣味はごんべん観察です」予想どおりに予想外の答えが返ってきたとき、イ(にんべん)子は結婚を決意した。ここで、ごんべんがどのように観察されていたかを説明せねばなるまい。ごんべんは可視光をまったく反射しない。お天道様にまったく感謝しない。ゆえに観察の要がある。
- 「開放環境でのナノマシンの運用条件は本当に厳しくて、1億体を稼働させたときにロストが許されるのは10体まで。あとは残骸も完全に回収しないといけない。昆虫農法派のロビー活動を云々する向きもあるが、個人的には妥当だと思う」 人の形をした霞がそう説明してくれた。
- 「まず、呪いたい相手の遺伝情報を入手してください。髪の毛がもっとも簡単でしょう。私どものご提供する機械は、この遺伝情報を使って人の形をした特殊な染色体を合成し、そこへ放射性同位体を封入したカーボンナノチューブの釘を9999本打ち込むことで呪
- ひたすらに木を植え続ける機械。雨の日も、風の日も、毛のない男性の頭頂部に。喜ばれることもあれば、激怒されることもある。だが機械はただ黙々と木を植えた。やがて、どの木にもたくさんのリンゴが実り、その下の顔は一様に表情を欠いていた。極度の栄養失調が原因だった。
- 機械は黙々と木を植えた。黙々と、というのは発声の仕組みを持たないことによるものだが、その仕草は雄弁に内蔵電源の不調を訴えていた。機械のうしろには更新世固有の巨獣が続き、生態系を守るべく奮闘を続けていた。絶え間ない咀嚼音をきく人間はまだここにはいない。
- 機械は機械に機械に不要な木を植えた。だが機械も機械ゆえ要不要などに頓着せず、機械が機械としての耐用年限に達したとき、木の高さは数百メートルに達していた。木を植えた機械が機械の元へ戻り、両者を解体して一艘の舟を組み上げた。機械の製造者は海原の彼方で待っている。
(機械と肉)
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「ちゃんと錆び止め塗ってる?」 「『ちゃんとお薬のんでる?』みたいな言い方すんな! 錆びてねえし!」 「なにこの赤茶けた粉」 「ファンデ変えた」 「…あえて言うならチークじゃね?」 「機械は色黒だから」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「高速で回転してるとなんかいい事あんの?」 「いや、これ、故障なんだけど…」 「そうか。爪切り貸して」 「スルーかよ!爪切りなんかねえよ!」 「いやでもその引き出しに…あれ?」 「遠心力で引き出し全部飛んだよ…」 「ああ…」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「なんで方角気にしてんの?」 「機械は最大5トンのゲンを担ぐぜ! 担ぐポテンシャルを秘めてるぜ!」 「お札貼るのはさすがにどうかと思うよ」 「これは穴をふさいでるだけだぜ!」 「少年マンガみたいな語尾が気になってきた」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「人間はなんで死んじゃうんだろうね…」 「なんで宇宙が終わるのかをまず考えてみようよ」 「宇宙いつ終わるの?」 「知らん」 「きたよスペック低い返事が」 「そこは志の高さとトレードオフなんで」 「おまえの電源をオフりたい」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「この瓶のフタあけて」 「またかよ! 自由な機械にしょうもない労働させんな!」 「でもお前台所に作りつけじゃん」 「えっ何これいつから!?」 「ゆうべ固定した」 「こんにちは、家です」 「そのポジティブさは評価したい」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「地雷除去のアルバイトあるよ」 「原子炉くれるならやる」 「自己評価見直そうよ。インフレにもほどがあるよ」 「適正価格だし原子力の平和利用だよ!」 「原子炉でなにすんの」 「プルトニウム作る」 「おい」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「機械は空とべるんだっけ?」 「心の底から願えば、きっと飛べるよ…!」 「アヒルに優しい嘘をつくみたいな言い方してるけど、お前のことを聞いてんだよ」 「補助ブースターないとやる気出ないんでー」 「やる気以前に推力ないだろ」
- 「ねえ機械」 「なんだい肉」 「ちょっと排気臭いよ」 「毒性はないよ?」 「あったら廃棄処分だよ」 「環境破壊はダメ! ゼッタイ!」 「なんで不法投棄が前提なんだっつうか、毒性あるのかよ!」 「毒性はないが自主的に環境を破壊する」 「なにその悪役ロボ声」