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- 生きるヒントは、この廃坑に50年間眠っていたのだ。発見されたとき、私の両目は完全に退化していた。暗闇のなかで生きるヒントを吸い続けてきたためだ。両掌と膝を移動の手段として、私はまっすぐ崖へ向かった。たどり着くまでに羽が生えてくるという確信は揺らがない。
- 「土と暮らす」と宣言し、会社を辞めた彼女はまず土をこね、人の形をつくって千度の炎で焼きあげた。それは抱擁をうけとめるように大きく腕をひろげ、口元に静かな笑みを浮かべていた。その後の経過は不明だが、千年後、土の人は細かい破片になって大樹の根元を取り巻いている。
- ささやかな生活音によって大量の死が伝えられるという状況に直面したとき、私の両手はわたしの体をそっと離れて、月に照らされた雲海の上で鳥を装い、はばたきの動きを繰り返しながら静止衛星との距離を保った。鳥の群れのようなものが彼方に見える。その数はとても多い。
- 「私は生存説をとる」一人が皿から不定形の物体を取り上げた。「では私は死亡説をとります」もう一人が残りの物体を取り上げ、二人同時にそれらを一口かじり取る。軟骨の存在を伝える咀嚼音。たちまち生死は曖昧になり、咀嚼はいつまでも続いた。あれは齧ってよいものではない。
- 「生きろ」とだけ書かれた証書を受け取り、深々と一礼すると、その頭がごろりと落ちた。拾い上げてはめ直すのを、みな温かい笑顔で見守っている。壇上でその姿はかき消えた。違う時間の流れに飛び込んだのだ。彼らの働きで、世界の生死のバランスは徐々に常態に戻りつつある。
- 生きながら焼かれた、ナガラ族の最後の一人。誰もが唾を飲み込みながら、あらぬ彼方を凝視した。花柄の民族衣装に身を包んで登場しながら、ながらくお待たせしましたと、さながら婚礼の祭司のように振舞う領主。末筆ながら焼かれたのはナガラ族の頭髪であり、実在の人物・団
- 詩人は、オーガニックな暮らしに終生こだわりつづけました。アフリカ象の体内に住むことを特に好みましたが、マッコウクジラへの移住は後ずさりして拒んだと言われています。ピグミー・マーモセットと同じ背丈で、シロイルカにも居住可能でしたが、実現の前に世を去りました。
- ただそれだけが生きていた。それ以外は相対的に死んでいた。けれどみな仲良く食卓を囲み、仲良く蝿に愛された。やがてそれは家を出た。渦巻く群衆のなかで、自分が相対的な死者だと知った。墓碑銘を書いては書き直し、墓石を彫っては砂にした。つぎの産道を探し続けていた。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは箱だった。五年が過ぎて、ようやく開けてもいいという気持ちになった。出てきた写真はちゃんと五年分老けて、あいかわらずよく喋る。私はそれをコンロの火にかざし、本当のことを言うまで待った。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは石だった。人間サイズの石塊が、彫り出してみろと言っている。意を決して鑿をあて、ひと槌打ち込むと真っ二つに割れた。断面にかすかな凹凸があり、案の定それは慰めの言葉だったし、さりげなく失望が込められてもいた。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは紙だった。本人の顔を巧みに模した、折り紙のカリカチュア。現地の新聞だ。右の目のなかに顔写真があった。記事の内容は読めない。開いてしまったら、二度と折り直せないだろう。夢にそのまま現れた。異国の言葉でなにかを言った。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは声ばかり。要領を得ぬ説明の響きが酒杯に小さな波紋を立てて、映り込む月が揺らぐと、一瞬だけ胡乱な表情のあの顔になった。わかったことにして一息に呑みほすと、それなりにわかったような気になった。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは猫だった。額が丸く刈り取られ、小さな家が立っていた。見知らぬ人が中にいて、大きく右手を振っていた。話しかけようとすると窓を閉じる。直後に中から銃声が響く。音に驚いた猫が逃げる。残った私は窓を閉じ、手の中の銃を持て余す。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは船だった。操舵室には湯気を立てるコーヒーカップがひとつ。積載量いっぱいに船倉を満たしたフレッシュな不在は、港で競りにかけられ、その晩には家々の食卓にのぼった。突如無人になった何千もの家で、コーヒーカップからのぼる湯気。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは箱だった。胸を刺すような白木の香り。ふと、それが箱ではないことに気がついた。光る。宇宙船だ。これに乗って行ける。直後、私は砂利のうえに倒れていた。着いた。会える。白い靄に向かって全力で走った。「まだギプスはとれてないし
- かならず戻るといったのに、戻ってくるまえに消え失せた。空のトランクに顔を突っ込み、札束の残り香に意識が遠のく。夢のなかで、私は債券だった。飛行機の形に折られ、燃えながら空を飛んでいた。着水したい。着水したい。トランクの中で目が覚めた。ひたひたと水の音がする。
- かならず戻るといったのに、戻ってきたのは街だった。棺のなかに隙間なく詰められた、精巧な巨大ビル群。あらゆる細部に設計者の気配がある。現実の空にこれがそびえる未来は幻と消えた。慣習に従いそのまま焼くと、あとには一揃いの人骨が残った。そこに誰もが笑みを見た。