Twitterログ
- 火のともった百本の蝋燭をのせ、木の舟が川をくだる。女たちは洗濯の手をとめ、無言でそれを眺める。舟が通り過ぎると、橋はみな焼け落ちた。永く孤立する集落の中央から、やがて巨木とも塔ともつかぬものが天に届くほどに伸び、先端に炎がともった。
- 炎にかざした手のひらが赤く透ける。血管の中を行き来するものが次第に見えてくる。予想通り、それらは悪い報せを運んでいた。予想に反して、それらは人の形をしていなかった。人の形をしていないのに、自分と同じ顔だった。同じ笑いがそこにあった。
- 捜査員が発見したのは、部屋いっぱいに並ぶ蝋燭の燃えさしだった。どれも人をかたどっていて、二つと同じものはない。次の部屋には、壁にびっしりとスナップ写真。最後の部屋で、男が人の形の蝋燭をむさぼっていた。捜査員は食事中の訪問を詫びた。
- 亀を動かすためだけに用いられる言語がかつてあった。砂浜を歩かせ、模様をえがくのだ。鯛を踊らせるためだけの言語もあった。どちらの言語にも長じていた太郎は優れた仕事を多く手掛けたが、残っているものは少ない。トレードマークの白髪だけが長く人々の記憶に留まった。
- 亀の産卵にゆきあたった太郎は、卵から人間の赤子が生まれるという現象を目の当たりにし、その体験を核に大伽藍のごとき哲学体系を作り上げた。正確には、浜辺に砂の城を作りながら物思いにふけった。陽が沈み、城は波に消え、おれはすっかり老いてしまったと太郎は呟いた。
- 亀に出会った太郎は叫んだ。「おれは宇宙へいくんだ!」齢九千を数える亀は静かに答えた。「あなたは井戸の底にいるのですよ」太郎にはあきらめる理由がない。鯛よ、おまえはどう思う。魚籠の中で小さく跳ねる音がした。夜になり、みな海へ帰った。太郎はまだあきらめていない。
(犬猿短歌の星野しずるに捧ぐ)
- 乗用車のトランクから上半身を覗かせた星野しずるが、眼の前にオブジェをかざし、上下逆さまの視界のなかで通行人と重ね合わせる。オブジェは頭の位置を占め、その人生にひと匙ほどの不条理を呼び込む。気付かずに通行人は歩き去り、車もどこかへと走り去る。
- 星野しずるから手紙が届く。幾重にも矛盾する身に覚えのない思い出話の数々を読むうちに、頭のなかにいくつもの既視感があぶくのように湧きだすと、落ち着く先を求めて頭蓋のなかを迷走し、記憶をさらに掻き回す。しずるの顔を思い出せない。覚えていたかもわからない。
- '赤い' , '林檎' , 'を食べて' , 'ぼんやりとした' (しずるのはらわた)
- 'ホチキス' , 'がほしくて' , '夢にまで見た' (しずるのはらわた)
- 'いちにち' , 'のあとで' , 'つめたい' , 'サイダー' (しずるのはらわた)
- 'サイダー' , 'がない' , '駄菓子屋' , 'を出る' (しずるのはらわた)
- '魔術師' , 'に会う' (しずるのはらわた)
- '自転車' , 'あたらしい' , 'ですね' (しずるのはらわた)
- 'ミニスカート' , 'わたしの' , 'に似ている' (しずるのはらわた)
- 星野しずるが二つの獣にわかれて飛び去ったあと、残された私たちは彼女の持ち物をわけ合った。主を失った事物たちは、なおも見えない意味にわずかに繋がれ、からめとられて、静かに震えていた。皆が去ろうというとき、突然犬と猿の吠えあう声が響き、しずるは再びそこにいた。