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- その夜、人はちょっとおかしくなる。だからみな一心不乱に食べ物を丸める。おかしくなるのを防ぐためか、おかしくなった結果なのか、それは誰にもわからない。どの夜よりも明るい夜に、人はただ食べ物を玉にする。ギラギラと雲を照らすあれが球体だと、なぜ知っているのだろう。
- 書き割りのようなクレーターの稜線。その向こうに輝くあの青いふるさとが、今や知性をもった昆虫たちの天下だなんて……そんな想像にふけるのが好きなのだ。もちろん生まれは火星だし、曾祖父は犬だ。出発を間近にひかえた人類探索の第一陣に同行するため、ここにいる。
- 技術も予算も足りぬため、機械ばかりが火星へ行った。仕様どおりに増殖し、火星人を名乗ると地球に宣戦、大軍となって飛来した。技術者は涙をうかべて彼らを迎え、涙をのんで滅ぼした。のちに、最初の入植者とされ、かの惑星に碑が建った。今や人類の貴重な遺物のひとつである。
- 「火星のほうから来ました」と空を指さすのです。でも見るからに木星人。適当に相槌をうっていると、その全身が次第に大きく、ガス状になり、気付けば季節はずれの入道雲のような本来の姿で、5キロのかなたで手を振っていました。ありがとう。話を聞いてくれてありがとう。
- テラフォーミングに先んじてリアリティ・ディフォーミングが手法として確立されたため、火星もまた代替現実のパッチワークと化した。住民はいつしか心を病んで、フィクションの中へ避難した。外宇宙からの侵略には無関心を貫き、よく笑い、よく泣き、非在と幸福の両立を示した。
- 「黄色い歓声……ああ、共感覚というやつですね」「それは違うと思いますが、叫んでいる人々の顔は黄色でした」「モンゴル系ですね」「観客をカボチャだと思えという話がありますが、まあまあカボチャの色でした」「こんなこと言ってて大丈夫ですかね」「さあ(時計を見る)」
- 「四角い主客が転倒して、まあるくなりまっせ」 いびつな円環をなしてくんずほぐれつ争う主体と客体はやがてどちらがどちらであるか判別不能となり、「論理のバター」とよばれる均質な塊になる。珍味として重宝されるというような事実はとくにない。
- 「コーヒーゼリーは食べ物ではなくて見るものだ」というのが持論で、ひと匙すくうたびにゼリーの黒とクリームの白が織りなす、雪どけのキリマンジャロのような模様を凝視する間に、沢山の大事なものを見逃してきました。そうして見逃してきたものが私の輪郭をかたちづくりました。
- 「よくやった。お前に曜日をやろう」「えっ、褒美じゃなくてですか」「お前だけの曜日だ。週のどこに挿入してもいい。その曜日にはお前以外の全てが静止する」「超ほしくないです」「名前は『カレー曜日』で登録ずみ。なのでカレーを作ってください」「ああ、ここって地獄か…」
- JAXAの行方はいまだ判明していない。存在し、おそらくは機能もしているはずだが、ポインタが失われてしまったのだ。それでも、打ち上げ予定日には姿を現わしてくれるはずと一同は願っていた。残念ながら打ち上げは所在不明のまま成功し、衛星は位置不明のまま周回している。
- 【幻獣租界】 蒸籠の中でもうもうと湯気をたて、もぞもぞと動く饅頭たち。手のひらにのせるとぶうと鳴き、二つに割るとぶうと鳴く。咀嚼するたびぶうと鳴き、腹の中でもぶうと鳴く。行列が今日も店を囲む。あたりはぶうぶうと賑やかだ。
- 【幻獣租界】 食前呪(しゅ)が出された。切子硝子に注がれた酒に沈む、QRコード染めの湯葉。犬に似た生き物が襖を破って部屋に飛びこむと、器の中身を一瞬で舐めつくして出ていった。演出に感心して仲居を見ると、口をぽかんとあけている。廊下からは悲鳴と器の割れる音。
- 【幻獣租界】 膝元まで歩み寄ってきたおかっぱ頭の日本人形を主人がそっと抱き上げ、うなじをかきあげて見せてくれた。たしかにある。髪のなかに、十幾つものUSBコネクタが。総毛立つ私に、毎日ひとつずつ増えているらしいと、眉をひそめて主人は言った。
- 【幻獣租界】 藁で出来た小さなひとがたに、九つのコネクタが仕込まれている。いくつかは、ひどく古びたUSBメモリのようなもので塞がれていた。どれもまったく同じ、四本指の手の形をしている。抜いてはいけません、と住職の声。すべて集まったら供養します。
(図書館まつりに参加)
- 「史上最小の図書館をめざしました。蔵書に物質としての本の形態を持たせつつ、現存するすべての書物を納めるという現行のライブラリ規定を満たしています。可読性はもちろん度外視です」 「小さいですね」 「小さいです」
- 図書館ではない。並んだ背表紙は一つ残らず隠し扉へのスイッチなのだ。扉を正しく開くには、正しい順番で全ての背表紙を押す必要がある。館内でこの説明を聞くあなたを襲うのは、圧倒的な「萎え」だ。書架にとりつき、一心に背表紙を押す無数の人々の姿にさらに力を奪われる。
- 書架から本をとりだすのにもペーパーナイフを使わなければいけない図書館がある。紙が育って本同士を癒合させてしまうのだ。目当ての本をざくざくと切り出してゆく手ごたえは心地よく、真新しい紙の香りに心が躍る。ついその場でちぎって味見をしてしまう。紙の味がする。