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twnovel参加:幻獣租界
- 【幻獣租界】 屋台の軒先にずらりと吊るされ売られている、半身に切られた半実体のなにかの中に、誰もがかならず知り合いに似た顔を見つけられるという。食べ方を聞き出せた者はまだいない。
- 【幻獣租界】 冷房に惹かれて通勤列車に迷い込む風物詩、見えない絆をたちまち張りめぐらせ、おなじ車両内の乗客がみな空腹を共有する羽目に。いくつか先の停車駅で、開いたドアから巨大な握り飯が車内に転がり込む。
- 【幻獣租界】 きょうの歩道橋は5本だが、慣れた通行人たちはいちばん毛深いものを選んで渡る。それ以外は本体の排泄物などで出来ている。くすぐったがりな歩道橋のくすくす笑いは夕方まで響く。
- 【幻獣租界】 新任の巡査に早くも顔がない。上司は緑のホワイトボードマーカーを手渡しながら、昔はニワトリの血を使ったんだぞと笑う。左手で描けと言われて巡査の困惑は深まるばかり。いずれにしても帰宅までの辛抱だ。半年もすればどこまでが上司のいたずらだったかも判る。
- 【幻獣租界】 がたごとと鳴る暗渠の蓋を踏んで歩くと、猛暑と極寒の縞模様、それぞれがコンクリートの板一つ分の厚みで延々と連なり、暑い場所でだけ頭に響く蝉の声。寒いところでは何かが何かを知らせようとしている。歩調を早めるほど、その言葉が明瞭になることに気付く。
- 【幻獣租界】 電線の網のすぐ上を轟音とともに通り過ぎながら着陸態勢に入る旅客機。目をこらせば、雲の色をした羽のある生き物たちが屋根の上からいっせいに飛びつき、金属の腹にはりつくのが見えるはずだ。そのまま空港までくっついて行き、二割ほどは観光客のみやげになる。
- 【幻獣租界】 伸びた背筋でバスを待つ水棲哺乳類の一団。ようやく着いた一両のドアが開くと、車内にはぴかぴかの鰯が詰まっている。一同はそれを無視して立ち続け、バスはやがて苛立たしげに走り去る。一匹が携帯電話を取り出し、当局に一報する。この手の詐欺が後を絶たない。
- 【担当者を幻獣注意】
- 【戸締りは幻獣に】
- 【幻獣租界】 案の定、ビルのうろこは人間の爪とおなじ組織で出来ており、管理人は寒気におそわれながら地下室へ急ぐ。コラーゲンの巨塊の脇で店子のネイルアーティストが言い訳がましい顔を見せ、「ツタのようなものと思ってもらえれば……」「事前に言ってくださいよ」
- 【幻獣租界】 ショーウィンドウの中身がしょっちゅう喰われてしまう。ならば生きたマネキンをと、なんにでも化けられることを条件にバイトを募集し、面接までしてスキルを確かめたのに、いざ雇ってみたら夜行性で、昼間は妙な毛のかたまりが隅っこに丸まっているばかり。
- 【幻獣租界】 「…手の生えてない奴ないですか?」と生け簀の向こうの料理人に訊く観光客。手がいちばん美味しいんですよと答えるかわりに、この手の客むけの一番無難なやつを取り出してくれるが、「目が…」「まあちょっと変なところについてますけど」「いや、数が…」
- 【幻獣租界】 ホームの屋根にあれやこれやの巣がつくられないよう、駅員たちは工夫をこらす。あらゆる方向に飛びだした棘が利用客に多大な不便を強いるが、世界で唯一の生きた駅の健康のためにご協力ください、と駅員たちは頭を下げる。この駅、火にはめっぽう強い。
- 【幻獣租界】 この地区を通る電車のうち、4両だけが生きている。問題は、誰も乗ろうとしないこと。草食性でおとなしく、従順なのだが、はらわたに乗客が入る形なので、蠕動でみんな酔ってしまう。条例の関係で解雇もできず、悩みの種になっている。
- 【幻獣租界】 酔って深夜の商店街を歩く。さわれないものが乱舞するこの時間の活況は百鬼夜行そのものだが、もう慣れてしまったのか、驚きはない。そう思っていると呼びとめられて、人の驚きを餌にするものが後頭部に吸いついていることを知らされる。
- 【幻獣租界】 半透明の大蛇が肩の上にとぐろを巻いて、顔だちがぼやかされている娘たち。涼しげな装いでティッシュを配る彼女らが他のなにかを売っているという噂を信じ、果敢に交渉に挑む男たち。蛇の謎かけにみな敗れ、その後なぜか密かに病院へ通うのだとか。
- 【幻獣租界】 夜半に焼け落ちた料理店、翌日からは幽霊店として営業を継続。半透明の店に半透明の客が列をつくるが、半年後に食中毒で営業停止。違法営業の幽霊店としてさらに半年栄えたが、ある日忽然と消え失せた。錆びた大鍋を突き抜いて、若木が朝日を浴びていた。
- 【幻獣租界】 かごに山盛りで店先に並ぶ、さまざまな形の電子部品と白い骨。適切に組み合わせれば半透明の肉をまとい、簡単な家事などをこなしてくれる。不適切だと、半笑いでぶしつけな踊りをいつまでも踊り続ける。どちらの目的でも買う客がいる。
- 【幻獣租界】 その古書店では、全文検索ができるという。紙より薄い半透明の生き物に求める文を筆書すると、店内のすべての本のすべての頁の間を通りぬけ、発見したら印としてその頁に小さな孔をあけて戻る。そう説明して店主は茶をすすり、「まあ、つまり、紙魚だな」
- 【幻獣租界】 ピイと鳴く地下生物が駅前の歩道に大繁殖。タイル舗装の幾何学模様の踏む場所によって違う音階の声がして、通勤客が急ぎ足で奏でるメロディの競いあいがヒートアップする一方で、深夜、半透明の影がひとり踏む「とおりゃんせ」を聴いたものはまだいない。
- 【幻獣租界】 いつの間にか会社の裏口に設置されていた鼻紋認証! 乗っ取りは騒々しく進行し、ある朝出社すると全ての机に毛が生えている。業務内容に変化はないが、取引相手がどんどん毛深くなる。半透明の社員たちは新社長を煮る大鍋をひそかに調達し、反撃の機会を伺う。
- 【幻獣租界】 かまきりの腕をもつ長身の女が、半透明の機械を捕食する。昼間ならばどちらの正体も拍子抜けするようなものだが、深夜、コンビニ帰りの中年男の足を止めるには充分な光景だ。いたずらのつもりか、別な半透明のなにかが後ろから男の両目をぺたりとふさぐ。
- 【幻獣租界】 炎天続きのなか、半透明の植物ばかりがすくすく育ち、バスターミナルをゆらめくジャングルに変える。足のあるバスはおびえて近寄らず、タイヤは見えない棘でパンクする。改造クラゲの代用バスは離陸の直後に落雷を食らい、幹線道を激流に変える豪雨が始まった。
- 【幻獣租界】 豪雨はすでに一週間。赤い傘をさした石像の一団が丸木舟に乗り、濁流の幹線道をしずしずと下る。バスである。柄杓をもった手が水面から現われ、舟に溜まった水をくみ出す。運転手である。鳥居をくぐれば、晴れている。白煙と共に地蔵たちは宇宙へ飛び立ってゆく。
- 【幻獣租界】 観光バスとして運用されているゾウの一頭に擬態が発覚し、三体の羽根のある生物に分離して飛び去った時には動じなかった民衆も、横断歩道が白い全身タイツの大学生で出来ていたのには憤然とし、投石もし、市民のバランス感覚というものを示したのだという。